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「Hallo Chianti Old MyFriends」
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笹塚の水道道路沿いにある、キャンティの前を通ると思わず口ずさんでしまう。HalloChiantiOldMyFriends」と...
イサオ、君は憶えているだろうか、あのころJohnの紹介で、僕達の目の前に現れたのは、世界的にヒットしたこの曲の相棒だったね。 G-パンに皮ジャン、素足に雪駄履きの長身を、ゆっくりとキャンティの小さな椅子に折りたたみながら。DarknessをChiantiに替えて口ずさんだね。
その頃、高名な評論家の愛人の娘と恋に落ちていたイサオは、笹間シェフオリジナル「特製ドレッシングのサラダ」や「アサリのガーリックソース」に目もくれず、彼と共通の悩みを話し込んでいたのを、つい昨日のように憶えているよ。 |
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Johnが亡くなった前の年の夏にも僕らはキャンティにいたね。もっとも、その時イサオの隣に居たのは、イサオの妻になった杏子と陽子だったけど、その時もイサオは話しに夢中で「三重県産地鳥のステーキ」にも余り手を付けず、無農薬のジュゼッペ氏自慢のワインだけは何本もあけていたね。
NYに帰った陽子はキャンティオリジナル「ネギトロ風ブルスケッタ」がJohnにとても好評だったとJohnの居なくなったハウスで僕に話してくれたよ。
いまでも笹間さんの笑顔は変わらず、キャンティはあの頃の僕達の空気で一杯です。 お店も4軒と増えたので、昔のように寒い中、笹塚名物となった「しじみスープ」をすすりながらの行列は少なくなったけど、「フジツボのフライ」や「オリジナルロング生ソーセージ」を食べながら、支払いを気にせづ、豊富なイタリアワインを何本も空けられるのもキャンティだからです。
又、今年も杏子とキャンティの特選スプマンテを持ってイサオやJohnに会いに行きます。 「HalloJohn&IsaoOldMyFriends」と...... |