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| 2010年01月14日 11:22 |
笹塚の水道道路沿いにある、キャンティの前を通ると思わず口ずさんでしまう。HalloChiantiOldMyFriends」と...
イサオ、君は憶えているだろうか、あのころJohnの紹介で、僕達の目の前に現れたのは、世界的にヒットしたこの曲の相棒だったね。
G-パンに皮ジャン、素足に雪駄履きの長身を、ゆっくりとキャンティの小さな椅子に折りたたみながら。DarknessをChiantiに替えて口ずさんだね。
その頃、高名な評論家の愛人の娘と恋に落ちていたイサオは、笹間シェフオリジナル「特製ドレッシングのサラダ」や「アサリのガーリックソース」に目もくれず、彼と共通の悩みを話し込んでいたのを、つい昨日のように憶えているよ。
Johnが亡くなった前の年の夏にも僕らはキャンティにいたね。もっとも、その時イサオの隣に居たのは、イサオの妻になった杏子と陽子だったけど、その時もイサオは話しに夢中で「三重県産美彩鶏のステーキ」にも余り手を付けず、無農薬のジュゼッペ氏自慢のワインだけは何本もあけていたね。
NYに帰った陽子はキャンティオリジナル「洋風ネギトロ」がJohnにとても好評だったとJohnの居なくなったハウスで僕に話してくれたよ。



